日本の伝統技術ををニュービジネスに 古くて新しい、はせがわの事業のベースとは 今月のC-Class|人材紹介サイトC-Class

【プロフィール】

長谷川 裕一

1940年、福岡県直方市生まれ。63年大学卒業後、長谷川仏具店(現はせがわ)入社。82年社長就任。2008年代表取締役会長となり、同年6月より日本ニュービジネス協議会連合会会長を務める。

古くてよいものを新しいビジネススタイルに乗せて

はせがわではお仏壇の製造販売を中心に、全国に115店舗を展開、関連するお葬式ご相談・ご紹介事業、霊園・墓石事業を行っています。
従来、職人の仕事として個人商店的な企業が多かったこの業界で、できるだけ多くの方にお仏壇を手にしていただけるよう、職人の技術のよさを残しつつも、製造・販売体制を時代に即したかたちにしてまいりました。
67年にはチェーン展開を開始、全国の行き届かない地域には卸業としてお仏壇を提供できるよう、流通ネットワークを作り上げています。
しかし、製造・販売の形態が現代化された今でも大切にしているのは、創業時の精神。
「信用本位」「感謝報恩」「よろこびのあきない」を忘れることなく、目の前のお客様に感謝し、携わる皆がいきいきと仕事ができるよう努めています。
日本人が大切にしてきた、自然に対する畏敬の念と、生命(いのち)を受けつぎ豊かな心を伝えていくことが私たちの願いであり使命なのです。

はせがわを15年で日本一に

私は学生時代、周りに「日本一の仏壇屋になる」と言っていたそうです。
ある時、京都の老舗のお仏壇屋さんを訪れました。その時感じたことは「京都の老舗はライバルでない」ということです。
なぜそう思ったのか。それは、京都の老舗のお仏壇屋さんであっても、お仏壇を商売の道具としてしか考えていないところがあったからです。
お仏壇とは、肉体を父母より授かったことを感謝し、ご先祖様を敬い、自然の恵みに感謝するためのもの。心の誇りでありそのシンボルであると思うのです。
ですから、私はお仏壇を作らせていただいて、世の中に送り出していくことをしている。
お客様を敬い、目の前の人を敬い、よりよい世の中づくりに貢献する。その結果として、15年で日本一になり、学生時代に公言していたことを実現したのです。

お仏壇を誰にでも手にできる価格で

60年代に三井三池炭鉱の爆発事故がありました。その事故では四百数十名もの方が亡くなられました。残されたご家族のためにもお仏壇をお納めしたいと訪問したところ「人の不幸を商売のタネにするのか」と怒鳴られたんですね。私は決してビジネスチャンスとして訪問したのではなく、亡くなられた方、残されたご家族のためにうかがったことを誠心誠意お話して、結果、多数のお仏壇を納めさせていただきました。
お仏壇は、ご先祖様に感謝し、敬い、家族が集まって手を合わせる場を提供するものです。
ですから、できるだけ多くの方に手にしてほしいと思っています。
また、お仏壇は日本が誇る伝統芸術のひとつでもあります。その部分のどれひとつをとっても素晴らしい技術で作られています。この本物の技術を一人でも多くの方にお届けするため、「お仏壇を誰にでも手にできる価格」で提供できるよう努めていきたいですね。
そのためのチェーン展開であり、そのための流通ネットワーク構築、工場の建設なのです。
決してお金儲けのためではない、社会貢献のための行動が私たちの事業戦略になっていくのです。

1000年先を考え世界に誇る技術を伝えたい

お仏壇は、とても素晴らしい伝統技術で作られていて、伝統工芸の集積といわれる美術工芸品です。これは日本が世界に誇る技術と言ってもよいでしょう。
私どもはこの技術を次世代に残していく責任を負っている。
はせがわは京都西本願寺御影堂内陣修復をはじめ、多くの世界文化遺産、国宝・重要文化財の修復工事を御下命いただいています。
お仏壇で培ってきた職人の技をこうした文化財修復に活かし、そこで得た技術をお仏壇作りに活かす。そして1000年先を考え、この伝統技術を後世に残していくのです。そのために(株)はせがわ美術工芸を別法人化し、技術力の蓄積と向上を図っています。
また、銀座中央通りには「はせがわミュージアム」を開設。外国ブランド店が立ち並ぶ中、最高峰の匠の技、そして伝統工芸の技術の粋を集めた稀少な美術作品を展示しています。
モノづくり大国日本の原点として伝統芸術を世界に発信していきたいと思っています。